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われら仙台人

February 2009
仙台こうれん本舗 砂野 征子さん【われら仙台人】

寒さがゆるんだ一日、本町の通りに面した「仙台こうれん本舗」のガラス戸が柔らかな陽ざしに照り映えます。店内は懐かしいガラスケースが並ぶ昭和ロマンの世界。「いらっしゃいませ」――と、店を切り盛りする砂野征子さんが出迎えてくれました。お話の合間にこぼれる屈託の無い笑顔に、ひと足お先に春を迎えた気分に包まれていきました。

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東三番町通りに面した店舗

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店舗は改築したものの、
ガラスケースを特注し昔の雰囲気そのままに。

●昔ながらの炭火手焼煎餅の味を今に

――手焼煎餅として知られる「仙台こうれん本舗」さんですが、「こうれん」とはどんな意味でしょうか。

「こうれん」(紅蓮)って、尼さんの名前です。

今から六百年以上前に、松島で庵を結んでいた尼さんが、信者がお供えしたお米でお煎餅を作り「こうれん」と名づけていたというお話に由来してます。

旅先で知り合った父親たちが息子、娘を結婚させると約束したそうですが、いよいよ嫁ごうと秋田県象潟に住む父娘が松島の息子の所を訪ねた所、すでに息子は急死していたそう。でも、娘は[亡き御霊につかえ、舅姑に孝行する]と松島にとどまることに。それで、舅姑が亡くなった後に仏門に入って、紅蓮と名乗ったそうです。

――代々、老舗の味を守り抜くために、どんなことを心がけておられるのですか。

私どもは、炭火の手焼煎餅ですが、宮城県産のササニシキを使って、クヌギ炭で、一枚一枚手で焼き上げています。

原料もササニシキはもちろん、ゴマ、青のり、しそなどのほか、調味料も醤油、砂糖など、昔と何一つ変えていません。

昔ながらの味をそのまま受け継いでいくのが、ウチの方針と言えますね。

ですが、一つだけ昔と違ってますのは、天日干しができなくなったことです。かつては米粉を成形してから陽射しで乾かしていたのですが、自動車の排気ガスなどが多くなって止めざるを得ませんでした。

――時代が移るごとに、塩辛さ、甘さなどの嗜好も変わっていくと思いますが、変えてはいないのですか。

ええ、変えてないです。確かに、お客さまの中には、醤油味が少ししょっぱいとか、砂糖をぬったものに甘すぎるとおっしゃる方も居ないわけではありません。

ただ、それはあくまでそれぞれの方々のお好みでしょう。私どもとしては最も美味しい煎餅の味をお届けするということで、長年にわたって極めてきた味ですから、それを変えるという考えはありませんね。

――お煎餅は香ばしさ、歯ざわりが大事でしょうが、「仙台こうれん本舗」さんのお煎餅はパリッといい歯ごたえで、パッと風味が広がり、固さが程よいですね。

ありがとうございます。お年寄りの方も、固くなくて食べやすいとご贔屓にして下さっています。

毎日、早朝から仕事にとりかかって、その日の分を手焼きするわけです。焼き立ての美味しさを味わって頂きたいですからね。

その日、その日で湿気なども違いますから、焼きながら爪で調子を確かめながら焼き上げていきます。

私が嫁いできまして、仕事を手伝うことになり、砂糖を塗る役目を担いました。鍋で煮立てた熱々の砂糖の液を、焼き立ての煎餅を手の平にのせて刷毛で塗っていくのですが、当初はとても熱くて手の平がすぐ真っ赤になったものです。今は、手の皮が厚くなって、熱さも苦にならなくなっていますね。

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手作りだけに、一枚一枚が少しづつ重量が違うため、
量り売りを。

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早朝から炭火を起こして焼き上げる味は、
歯ざわり良く格別な味。

●変わりゆく街に、変わらない味を貫いて。

――この界隈の移り変わりについて、どんなことを記憶されていますか。

私がここに嫁いだのは、昭和40年。その頃は、東三番町通りと呼ばれる店の前の通りにも、家具屋さんが多かったですね。20軒ぐらいはあったでしょうか。

現在は、家具のお店はこの通りにクロスする東側の通りに集中してますがね。来店されるお客さまのための駐車場がなかなか確保できないと、郊外に移転されるケースが増えました。

お魚屋さんや八百屋さんもありましたから、買いに行ったり買いに来られたり、隣近所が支えあって住んでいるという雰囲気でした。

それがいつしか、どんどん駐車場やビルに変わって、近所付き合いも以前よりなくなりましたし、お客さまの顔ぶれも変わりましたね。

――お客さまの移り変わりで言えば、どんな感じでしょうか。

昔は、ご近所に住んでおられた方々が買いにいらして下さったものです。それから、この通りを用足しで歩く方々が立ち寄って下さいました。

近くに、市立病院や開業医がありましたからね、通院される方やお見舞いのお客さまが多かったです。主人の話では、この界隈にはなぜか開業医の数が多いと言っております。

そうそう、レジャーセンターも近くにあったので、イベントがあった日にはとても忙しかったですね。

この通りは、県庁や市役所の職員の皆さんが通勤に利用されてましたよ。でも、地下鉄ができてからは、そういう職員の方々の姿が以前より少なくなり、人通りが変わりました。

――昔からのなじみのお客さまも多いのではないですか。

ええ、お陰さまで多いです。おばあちゃんが通ってらしていて、次に娘さん、そしてお孫さんがいらっしゃるなどと、親子三代でご愛顧いただいているお客さまもいらっしゃいます。

といっても、最近は、「昔の懐かしい味がいい」と、学生さんとか若い世代の方も来られてます。「枚数で買うこともできるんですか」なぁんて、質問されたり。ウチは、量り売りなので「できますよ」と、お好きな量を買っていかれたりしてます。

――どんな商品が人気なのですか。

そうですね、いちばんはしょうゆ味でしょうか。根強い人気がありますね。若い人もしょうゆ味を買っていかれます。それから、ゴマ味、青しそ味ですね。

●お客さまに教えられ、育てられてきた軌跡

――お嫁入りされてからもう40年以上になりますが、印象に残ることはどんなことですか。

主人の両親や兄弟を含めて八人家族の仲間入りをしたのですが、よくして頂きました。家業のこと一つとっても何も知らない私でしたが、あれやこれや導いてもらって何とかやってこれましたね。印象に残ったのは、昭和59年に第20回全国菓子大博覧会で大臣賞を受賞したことです。この博覧会はオリンピックのように4年に1度行われます。その次の回の第21回が開催されたのは平成元年でしたが、この時、名誉無鑑査賞を受賞できました。この賞は、他に比べものが無いという賞なのですが、この栄誉を手にできたことは主人や弟たちの努力の賜物と感激しましたね。

――お客さまとのふれあいの中で、印象的なことはどんなことでしょうか。

かつて通って頂いていたお客さまがお見えにならなくなって、長い時間を経て「まだお店があったのですね」と訪れて下さる方もおられます。「とても懐かしくて寄ってみました」ってね。昔話に花が咲いたり、「昔の味とぜんぜん変わらない美味しさで、ほっとするわね」などと言って下さったり。そう言って頂くと、本当に嬉しいですね。

今、考えてみますと、お客さまにいろいろ教えて頂いているんだなと改めて思います。忙しい毎日を過ごしてましてなかなか出かける機会がありませんが、お客さまが、あそこの味はこうだよ、包装はこんな感じなどと、あれこれ情報を教えて下さいましてね。お客さまに育てて頂いている部分も大きいです。

――印象的なお客さまはどんな方ですか。

昔は、外国に送るお客さまもおられましたね。オランダやイギリスなどに、随分、送りました。配送コストを考えて、[包装をできるだけ軽くして下さい]とよく言われました。今は検品などの規制が変わったので、外国へ送ることが難しくなりましたが・・・

――番ブラ世代に何かメッセージをお願いします。

焼き立ての風味をぜひ召し上がってください、ですね(笑)。

ストックをしないで、風味の豊かな状態で召し上がって頂いてます。ですが、ギフトの時期には、ストックできないことがネックになることも。できるだけお待たせしないように心を砕いていきたいと思っています。

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砂野征子さん

昭和19年、黒川郡富谷町生まれ。昭和40年に「仙台こうれん本舗」へ嫁して以来、「美味しい煎餅を美味しく召し上がって頂く」一念で、家業を助け、今では店舗運営の主力の座に。その笑顔の応対は、お客さまの間で「心が和む」と評判。

名前 コメント 投稿日時
泉区民 まだ行ったことがないんですけど、おいしいお菓子ですよね! 20090312