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われら仙台人

August 2009
フリーライター 西大立目 祥子さん【われら仙台人】

見慣れていた建物がある日取り壊され街並みが一変していたら、何か空虚な気持ちになりませんか?
「時代の流れだから・・・」と見過ごしてしまうだけでは、大切な何かががどんどん消えていく・・・そう感じた事から、建物を保存し何とか活かしていきたいと活動を続けているのが、西大立目祥子さん。
仙台散策に関する本を書かれ、仙台の歴史にも詳しいだけに、仙台の魅力あるまちのあり方を語っていただきました。

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●建物解体によって、そこに託された無形の遺産も消失していく。

──仙台生まれの西大立目さんにとって、最近の仙台の街並みについてどう感じておられますか。

私は、仙台で生まれ育って仙台の大学で学び、今まで仙台以外に暮らしたことがありません。

小さい頃からずっと仙台を見てきたわけですが、仙台の街並みは急速に変化して来たと思います。

私が意識的に仙台の街並みを見て歩くようになって感じるのは「積み重ねてきた歴史を刻む風景が無くなってきた」ということです。

確かに、高層のビルが建ち並び、それが発展のシンボルだと受け取る人も多いでしょう。でも、そうなると他の都市と何ら変わりなく、仙台が刻んできた歴史的な価値や重みが感じられなくなると思うのです。

仙台は発展を追い求めてきたことで、新しくはなったけれど逆に仙台ならではの個性を失いつつあるのではないでしょうか。逆に言えば、その個性の薄さが転勤族の皆様の住みやすさに通じているのかもしれませんが・・・。

──意識的に見て歩くようになったきっかけは、どんなことでしょうか。

仙台が政令指定都市になった20年ぐらい前でしょうか。その頃、勤めていた広告制作会社に仙台市教育委員会から依頼があり、歴史的景観保全の調査に取り組みました。社員皆であちこち探し回ったのですが、昔からの街並みが線や面となって残っている場所は、すでにどこにも無かったのです。

当時はバブル景気のピーク。ここは地上げされたとか、あそこにあったおばあちゃんが店番していた町屋も無くなったとか、建物がどんどん消え、ささやかな商いまでもが消えていく・・・。

作業を続ける中で、自然に開発する側ではなく開発される側から、街を見たり考えたりするようになりました。

──建物を壊すことで、人の暮らしまでもが失われていくと感じられたわけですが、それは具体的にどんなことでしょうか。

建物が失われると、その建物が育んできた時間、そこで繰り広げられた生活やにぎわい、その建物を守り続けてきた人の愛着や思いといったものも消えてしまうように感じます。たいてい、その跡はどこか殺風景なビルになりますから、その落差はますます顕著ですよね。

例えば、大正時代や昭和初期に建った町家には、深い軒があります。あるとき残された町家の軒を眺めていて、この軒が街ににぎわいをつくり、人と人が交流するうえでとても重要なものだったんじゃないかと気づいたのです。プライベートとパブリック、店と道路の緩衝帯じゃないかと。軒の下で雨宿りしたり、ちょっと店の中をのぞいたり。

そういう空間が持っていた豊かさこそ、これからのまちづくりに必要なのではないでしょうか。

20年くらい前に二十人町で話を聞いたときに、ある店のご主人が、「この町にとっては軒が命なんだ。新しい街に変わってもこの軒だけは残したいんだ」とおっしゃっていたのを思い出します。軒のような半公共のスペースがつくっていた暮らしぶりを残したかったんですよね。

いまは、あそこはまったく違った街並みになってしまいましたが。

──「まち遺産ネット仙台」を設立されて、歴史的建造物をはじめ仙台の遺産を守る活動をされてますが、具体的にはどんな活動をされていますか。

「まち遺産ネット仙台」は2006年に歴史的建造物の保存活動を目的に市民有志で結成しました。

仙台旧市街地にある、失われつつある歴史的建造物や庭園、樹木などの有形遺産、技術・伝承といった無形遺産について、活用・保存・再生の道を探ることを活動の目的としています。

当面の目標としては、「30年後に残したいまち遺産」というキーワードを掲げ、市民の皆さんに呼びかけて、「まち遺産」の価値を持ったものを紹介していただきながら、市民、会員共同で調査活動を行い、「まち遺産」のリストやマップ、将来的にはカルテ作成やメディア制作なども視野に入れています。

2006年に初めて「まち遺産は誰のものか?」といったテーマで市民向けのフォーラムを開催したのですが、毎年3月に1年の活動をまとめる市民フォーラムを開いています。また市民向けの歩く会なども開いています。

──最近の活動事例を、教えてください。

建物の保存ということでは、2008年5月に仙台市に対し宮城野区新田の「旧仙台政府倉庫」解体を見直す陳情を行いました。

この建物は昭和11年に国の備蓄倉庫として建築され、米どころ宮城で農と食を支える重要な役割を果たしてきたのです。そこで、「米どころの記憶を刻むものとしてぜひ残してほしい」と、全面解体を見直してもらって、倉庫をコミュニティセンターや児童館として活用しながら住宅を建設する提案を行いました。

仙台では建物の保存を検討する際に、他の同類のものと比較して価値が薄いと判断して、解体してしまうことが多いと感じています。しかし、歴史的保存を実現するためには、他の事例で比較して相対的な価値を測ろうとするのではなく、「この街にとって大事なものだった。」、「かけがえのないものである。」、という絶対的価値を見出すべきなのです。

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旧仙台政府倉庫
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旧仙台政府倉庫の見学会
(2008年5月17日)

まち遺産ネット仙台 http://machi-isan.cocolog-nifty.com/

──これからの仙台のまちづくりへ提言をお願いします。

成長志向で突き進んできた仙台は、転機に差し掛かっています。人口減少の時代がやってくるわけですし、これからは地図を大きく広げて都市像を考えるのでなく、小さな単位で街を見つめることが大切。小さくともオリジナリティのある固有の価値を尊重してほしいと思います。

中心部の近代的なビル群を眺めながら、たまに「ここは仙台なの?」と不思議な気分になる瞬間があります。高齢社会がもっと進展するだけに、先輩の皆様が思い出を噛み締められない街になってほしくない。自分が生きてきた記憶が少しも刻まれてない街で「自分はこの街でどう生きてきたのか」などと考え込んでほしくはありません。

これからは、単に新しい建造物を作るよりも、古いものの中で大事なものは大事と認めて、どう活かし、どう保存していくかが課題であると考えます。

●400年以上経過しても、地割に宿す城下町の名残り。

──ご自身の足で歩かれて仙台散策に関する著書をお書きになっていますが、街に刻まれた仙台の歩みという観点からどんなことが言えますか。

そうですね、大枠で言えば、仙台の中心部は城下町の遺構の上に建っているのです。北は堤町、南は河原町、そして西は八幡町、東は二十人町という広がりを持っていました。

その名残りは、中心部の商店街の地割にもとどめています。江戸時代には、町人たちの商いは間口6間、奥行き25間と決められていたのです。場合によっては、半分の間口3間というものもあり、これは「半間屋敷」と呼ばれていました。

ですから、大町や新伝馬町、名掛丁などを歩いてみますと、間口6間のお店や間口6間2つ分のビルなど、占有している土地の大きさは江戸時代につながっていることに気づかされます。

1601年に始まった城下町建設計画が、400年以上経過した今も地割に残っていることを知ってほしいですね。

Image 『100年前の仙台を歩く-仙台地図さんぽ』
(せんだい120アニバーサリー委員会)

──街を歩くということで、お勧めの場所はどこでしょうか。

若林区内、また青葉区内の旧奥州街道の界隈は、戦災を逃れていますので、昔ながらの街並みが少し残っていますね。
若林区でいうと荒町、南鍛治町、穀町、南材木町、河原町です。

一時住居表示を変える動きもありましたが、昔ながらの町名を残したいという住民の思いが実りそのままになりました。

白漆喰の土蔵造りの町屋や明治時代の佇まいを残す商家などが沢山ありましたが、宮城県沖地震で傷んだり、壊れたりして、どんどん建て替えられていっています。つい先頃、南材木町角のジーンズショップだった町屋も壊されましたし、刻一刻と古い建物は無くなっているのは寂しいですね。

──番ブラ世代に何かメッセージをお願いします。

とにかく、街を足で歩くことをお勧めします。車では気づかない、いろんな過去の記憶が街には残っています。結構、愛しく思えるような風景との出会いがあると思います。

それから、毎月8日に仙台市若林区木ノ下の薬師堂境内で手づくり市を開催しています。まち遺産ネット仙台が実行委員会に加わり2008年11月にスタートしました。木地玩具、ガラス細工や家具、アクセサリーのほか、野菜、漬物も扱っていますので、ぜひお出かけください。

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お薬師さんの手づくり市
(毎月8日10時~15時・4月~9月は16時まで)
写真は2009年8月8日の市のようすです。
お薬師さんの手づくり市 http://www.oyakushisan.com/
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著書『仙台とっておき散歩道』(無明舎出版)

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西大立目祥子(にしおおたちめ しょうこ)さん

1956年仙台市生まれ。広告プロダクション勤務を経て、フリーライターに。街歩きを契機に歴史的建造物の保存に関心を深め、2006年「まち遺産ネット仙台」を立ち上げる。著書に「仙台とっておき散歩道」、共著に「写真帖仙台の記憶」。

名前 コメント 投稿日時
中村 自分の幼少時代の記憶は、思った以上に鮮明に記憶に残っているもので、昔から残っている風景をみれば、その時の感情、嬉しい悲しい寂しい楽しい記憶がよみがえってくるものだと思います。

西大立目祥子さんが書いた、「仙台とっておきの散歩道」という本の中では、自分の幼少時代の記憶と、おじいさんの残した日記(記録)をたどり、仙台市内の昔の風景が、詳細に書かれています。その本を読んだ後に、偶然本屋で見つけたのが、「仙台地図さんぽ」。うしろを見たら解説執筆者として西大立目さんの名前も。

本を読んだ後に、昔の地図と今の地図を見比べてみたら楽しいのに、と思っていたところだったので迷わず購入…。

私は山形県庄内の生まれで、心の中では庄内が一番!!と思っているのだけれど、西大立目さんと出会い、その本を読み、郷土を愛する気持は、どこにいても誰にでもあるのだと痛感したのでした。
私は、少なくともこれから30年以上は仙台に住み暮らしていくと思っているので、仙台のこともよく知らなくてはならないなぁと半ば義務的に思っていました。けれども、この人に出会い、周りの仙台人もひそかに自分の故郷が一番と思っている人がいるということに気づいて、心から安心し、自分も愛していこうと思っている今日この頃です。
20091115