市民の暮らし
昭和30年代~40年代は、仙台市が都市として着実に発展を遂げた時代でした。その力強い発展を生み出していたのは、実は一人一人の仙台市民。仙台の躍進を実現した足元には、希望に満ちた沢山の市民生活があった事は間違いありません。
そんな多様な市民生活を一枚の写真から覗いてみましょう。
【写真提供:仙台市】
昭和46年頃の渡し舟仙台市と名取市の境界である名取川に閖上大橋が架かる前は、渡し舟が活躍していました。今からわずか30数年前の光景ですから、ちょっと意外ですね。 |
昭和40年代の豆まき昭和40年代の豆まき風景。この頃はまだまだ沢山の子供たちがいて、お祭りなどがあるとドッと押し寄せ、どこも大賑わいでした。 |
レジャーセンターでローラースケート錦町にあったレジャーセンターは市民の憩いのスペースとして賑わっていました。写真は昭和32年のもので、レジャーセンターでローラースケートを楽しむ市民の様子。「ローラーゲーム」がブレイクするのは、これからもう少し後のこと。 |
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犬のパレード昭和32年に中央通で行われた「犬のパレード」。右奥に伸びるのが中央通で、正面に水晶堂が見えますので二番丁通りを渡るシーンでしょうか。 |
スイカ売り昭和31年のスイカ売りの光景。土の上に無造作に並べてスイカを売っています。後ろには屋台が並んでおり、食糧不足時代の名残が感じられます。後ろの建物は仙台信用金庫。第一生命の建物か看板も見えます。 |
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昭和33年の青葉祭り武者行列一番町を練り歩く、武者行列。当時の一番街は歩道の上にしかアーケードが架かっておらず、中央の車道は雨や雪が降り積もったものです。右手前には下駄屋さんの看板が。時代性を感じます。 |
昭和32年の大晦日中央通と一番町の交差点。右手に見えるのが大内屋でしょうか?大鳥居が据えつけられ、商店は初売りの準備におおわらわのことでしょう。自転車の女性が手にしているのは出前のそばと丼もの。食事を作る時間もないほど忙しい大晦日の一コマです。 |
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昭和40年頃の名掛丁地下通路仙台は南北に線路が走っているため、駅の東西を結ぶ重要な役割を持っていたのが名掛丁地下通路。雨が降ると水がたまって通行できなくなることもあったようです。 |
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| 名前 | コメント | 投稿日時 |
|---|---|---|
| CRESS | このすぐ近く、アエルのあたりに住んでいましたから 毎日のように通りましたがホームレスの方がいて 炊事をしている匂いの記憶と怖かったのを 強烈に覚えています。 |
20090924 |
| フィーザ | 昔にはこのような出来事があったことに改めて驚きました。レジャーセンターにローラースケートあったのですね。それに犬のパレードなんてあったのですね。見ていて感心してしまいました。 | 20090906 |








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