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一枚の写真から

September 2009
市民の暮らし 【一枚の写真から】

市民の暮らし

昭和30年代~40年代は、仙台市が都市として着実に発展を遂げた時代でした。その力強い発展を生み出していたのは、実は一人一人の仙台市民。仙台の躍進を実現した足元には、希望に満ちた沢山の市民生活があった事は間違いありません。
そんな多様な市民生活を一枚の写真から覗いてみましょう。

【写真提供:仙台市】

昭和46年頃の渡し舟

仙台市と名取市の境界である名取川に閖上大橋が架かる前は、渡し舟が活躍していました。今からわずか30数年前の光景ですから、ちょっと意外ですね。

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昭和40年代の豆まき

昭和40年代の豆まき風景。この頃はまだまだ沢山の子供たちがいて、お祭りなどがあるとドッと押し寄せ、どこも大賑わいでした。

レジャーセンターでローラースケート

錦町にあったレジャーセンターは市民の憩いのスペースとして賑わっていました。写真は昭和32年のもので、レジャーセンターでローラースケートを楽しむ市民の様子。「ローラーゲーム」がブレイクするのは、これからもう少し後のこと。

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犬のパレード

昭和32年に中央通で行われた「犬のパレード」。右奥に伸びるのが中央通で、正面に水晶堂が見えますので二番丁通りを渡るシーンでしょうか。

スイカ売り

昭和31年のスイカ売りの光景。土の上に無造作に並べてスイカを売っています。後ろには屋台が並んでおり、食糧不足時代の名残が感じられます。後ろの建物は仙台信用金庫。第一生命の建物か看板も見えます。

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昭和33年の青葉祭り武者行列

一番町を練り歩く、武者行列。当時の一番街は歩道の上にしかアーケードが架かっておらず、中央の車道は雨や雪が降り積もったものです。右手前には下駄屋さんの看板が。時代性を感じます。

昭和32年の大晦日

中央通と一番町の交差点。右手に見えるのが大内屋でしょうか?大鳥居が据えつけられ、商店は初売りの準備におおわらわのことでしょう。自転車の女性が手にしているのは出前のそばと丼もの。食事を作る時間もないほど忙しい大晦日の一コマです。

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昭和40年頃の名掛丁地下通路

仙台は南北に線路が走っているため、駅の東西を結ぶ重要な役割を持っていたのが名掛丁地下通路。雨が降ると水がたまって通行できなくなることもあったようです。

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名前 コメント 投稿日時
CRESS このすぐ近く、アエルのあたりに住んでいましたから
毎日のように通りましたがホームレスの方がいて
炊事をしている匂いの記憶と怖かったのを
強烈に覚えています。
20090924
フィーザ 昔にはこのような出来事があったことに改めて驚きました。レジャーセンターにローラースケートあったのですね。それに犬のパレードなんてあったのですね。見ていて感心してしまいました。 20090906

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