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一枚の写真から

October 2009
暮らしを楽しむ 【一枚の写真から】

暮らしを楽しむ

生活にゆとりと潤いが生まれ、穏やかな暮らしを楽しむ市民の姿が戻ってきました。身の回りの自然や文化を大切にしながら、逞しく発展を続ける仙台のエネルギーが感じられます。

【写真提供:仙台市】

八木山動物園

昭和40年代の八木山動物園でのひとコマ。飼育員でしょうか、チンパンジーの方が、少し迷惑そう・・・。当時はゴム草履姿だったんですね。

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歩行者天国の一番丁

「番ブラ」が流行っていた昭和40年代の一番丁は、真ん中を車が通行していました。45年から土・日に歩行者天国が始まり、54年には街路樹なども植えられて買い物公園として生まれ変わりました。懐かしい看板がたくさん見えます。

昭和55年の市民まつり

子供たちが空き缶釣りゲームを楽しんでいる様子。子供たちのファッションや空き缶のデザインにもそんなに古さを感じませんが実に29年も前のひとコマです。欅の太さに僅かに時間を感じます。

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水の森スケート場

フィギュアスケート発祥の地、仙台ではスケートも市民の娯楽として人気がありました。昭和30年代には駅東口の「東北スケートリンク」、八幡町の「八幡スケ-トリンク」、小松島の「小松島スケート場」、そしてこちらの「水の森スケート場」など多くのスケート場が市民で賑わっていたようです。

広瀬川で遊ぶ家族

昭和55年のひとコマ。広い河原があり、魚や昆虫も豊富な広瀬川は、市民の身近なレジャースポット。ここでデートして、結婚後は子供たちを連れて遊びに出かけたという方も多いのではないでしょうか?

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瑞鳳殿魂入れ

昭和54年に伊達政宗公の霊廟「瑞鳳殿」で行われた魂入れの風景。城下町仙台には、このような歴史ある文化が今も大切に受け継がれているのは誇らしい事です。

昭和56年の養種園梅まつり

現在の若林区役所のあたりにあった「養種園」は、市民の憩いの場のひとつ。もともとは伊達家が社会に貢献する事を目的に整備した農場で、やがて仙台市に引き継がれました。仙台白菜もここから生まれたそうです。

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一番町の金魚屋

金魚や亀を水槽に入れて売り歩く、金魚屋さん。歩道が一段高くなっており、カラー舗装が施される前の風景と思われます。

消費経済

昭和45年の風景。高度経済成長の好景気に乗って、市民の消費生活も活発になってきた頃。トラックに山積みした商品も飛ぶように売れて行った時代。

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名取川での鮭漁

昭和42年のひとコマ。名取川は古くから鮭漁が行われてきており、藩政の時代にはお殿様が度々鮭漁を視察に来ていたそうです。写真を良く見ると、遠くに太白山が霞んで見えます。

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名前 コメント 投稿日時
CRESS 金魚屋さんのおじさんの顔、覚えてます。
東口には金魚屋さんがありました。
近くにはあんこ屋さん、八百屋さん、第一病院、
駄菓子屋さんが3~4軒はありました。
20091125
48のおばさん 先日、東口にあったスケート場が話題になり、誰も知ってる人がいないので、名前が知りたくて調べました。東北スケートだったんですね。なつかしいです。今の場所はどこあたりでしょうか? 20091026
せんたか 高校生のころよく友だちと「番ブラ」しました。一番町も中央通りも普通の日は車が通っていましたよね。「市民まつり」もちょうどこの頃大学生で、常禅寺通りのグリーンベルトの所でイベントを開催していました。懐かしい~!! 20091016

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