
七郷堀の水を利用して木綿を染めた「南染師町」
材木の商いが許されていた「南材木町」
そして仙台城下の南の玄関口として栄えた「河原町」
この界隈のランドマークとして、
「ツインタワー広瀬川」がそびえるものの、
視線を落とせば、重厚な蔵の造りも健在だ。
歩くほどに藩政時代の名残がほのかに伝わってくる。
河原町は城下(町場)と農村の接点。
普段着の景観を、のんびり楽しむ
かつては、南染師町の命の川であった七郷堀。
川沿いにある「越後屋染物店」の重厚な建物がいい
車での往来が多いせいか、ぶらり歩いてみると「道には、それぞれに顔」があることに気付かされる。
交通量が絶えない国道4号線に対し、南鍛冶町、穀町、南材木町、そして河原町へと続く道は裏道の感が強い。
しかし藩政時代は、奥州街道として賑わい、河原町は城下(町場)と農村とを結ぶ接点だった。「おら、用足しで仙臺さ行く時や、河原町さへぇるめぇに、橋の手前でワラジばゾウリにとっけたもんさ」。ふと、笑いが込み上げてくる史実もある。
時代を彷彿させる「越後屋染物店」の堂々とした屋敷。
「小林薬局」の蔵造りの情緒。
さらには、「平野材木店」の脇に整然と並ぶ見事な材木など、普段着の景観がことさらいい。
平野材木店
小林薬局
染物の町を、静かに見守る
愛染明王

七郷堀のほとりに鎮座する「愛染明王」は、商売繁昌と住民の幸せを願い、京都三条の愛染町から移した。度かさなる火災により、現在の建物は文久年間に修理したもの。
上染師町からは染工場の姿が消えたものの、ここ南染師町は、伝統の灯火を消すまいと、僅かに残る染物屋が暖簾を守っている。
愛染明王は、時代の変貌を静かに見守り続けている。
仙台に別れを告げ、道中の無事を祈る
旅立稲荷神社

奥州街道から遠く離れた江戸へ向かう途中、仙台に別れを告げた最後の場所が「旅立稲荷神社」といわれている。参勤交代に出向いた藩主もまた、道中の無事を祈って手を合わせた。
広瀬川の土手に赤い鳥居が立ち、土手に上がると広々とした景観が広がる。
この日も女性が旅立稲荷神社へ。これからの旅に手を合わせているのだろうか…。



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