◇子供の学力レベルをよく観察してサポート

宮城の学力向上をサポートしてはや四半世紀の進学プラザグループ。写真は創業当時の様子。
最も気になるのは、こうした受験に強い子供をどのように育てていけばいいかです。これに対して「受験対策をどうするかの前に、子供の学力アップをどう手助けするかが大事なのです。学力があれば、たとえ中学受験で志望校に受からなくても、高校受験、大学受験で頑張れる強さが身につきます」と阿部社長。塾の運営を手がけてすでに四半世紀を経てきただけに、教育の現場からの意見には深い示唆があります。
「子供の学力を左右するのは、子供の能力が1割、親の経済力が1割、残りの8割は親、とりわけお母さんの力です。つまり、親の姿勢が大きく問われるのです」。現実にも、塾生の中で成績が良い子供のお母さんは、教育に関して明確な方針を持っている方がほとんどのようです。
では、実際に親は子供の教育にどう対処すればいいのでしょうか。「小学校高学年までに、自主的に勉強をするクセをしっかり身につけることが重要」と、阿部社長。そのためには低学年から30分程度でもいいので、必ず毎日、漢字の書き取りや計算問題を短時間に集中してやる習慣をつけさせるようにしましょう、とアドバイスされました。
もう一つ重要なのは、「子供の能力の程度をよく観察して、サポートすること」。“いい大学に入って、いい会社に就職する”という将来像を、子供に押しつけることなく、子供の学力レベルに合わせて、もっといろんな将来像を柔軟に考えるようにすることが望まれるそうです。
学力は、全ての子供の将来を決定する要因ではありません。ですが、子供の今置かれている状況を表す指標であります。親として子供の学力レベルを早めに判断して、その子供に合った将来像を一緒に考えてあげることが大切です。
(株)仙台進学プラザ |
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◇何でも競争の時代に育ったことが、いい糧になりました。 |
――仙台生まれとお伺いしてますが、どの辺りがホームグラウンドでしたか。 東五番丁ですが、現在、荘内銀行がある辺りに実家がありました。1950年代の頃でしたが、仙台ホテルが2階建てで仙台駅前の広場で盆踊り大会をしてました。 |
――当時の教育事情はどんな感じでしたか。 当時の先生はとても教育熱心でしたね。小学校6年の頃に、東北学院中学校の入試はとても難しいということで、放課後に補習を設けていました。公立高校の入試は9教科900点の一発勝負で、3日間かかりましたね。 |
―― 一番町の印象で思い出されることはどんなことですか。 昔は映画館が多く、何かにつけて映画を見に行ったものです。現在のサンモール一番町に、松竹や名画座があって映画をそこで観てから、向かい側の丸善で本を探して、明治屋で買い物をして帰るのが楽しみでした。何か文化的な香りがしましたね。そうそう、映画を見た後、コーヒーを飲んだり、食事をしたりしたことも。薄暗いコーヒー専門店は、少し大人びた気持ちにさせてくれたものです。
東二番丁小学校の卒業アルバムから(1965年)。同級生は一番町商店街の子供たちが多かった
当時の公立小学校としては珍しくプールがあり、 |
◇PROFILE阿部 孝治さん昭和27年、仙台生まれ。仙台一高を経て、早稲田大学へ。卒業後、(株)リクルートへ就職。退職後、塩釜で学習塾を立ち上げ、現在に至る。手間、ヒマかけて成績アップをバックアップし、「めんどうみ主義の進学プラザグループ」の定評を集め、その精神を今も貫く。 |

- 子供の教育を見直そう!「みやぎの受験事情」【トクバン 2010.3号】
10.02.20

- もっとバレンタインデーを楽しもう。【トクバン 2010.2号】
10.02.02








